長唄 杵徳会の公式ブログです。

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おかしい

【おかしい】
どこか変です。
先般、自転車の通行方法が「軽車輌だから」と車道を走るよう改訂され施行されまし
た。
それにより、今まで以上に車道にあふれた自転車が、車にとっては大変危険な存在に
なっています。
跳ねれば絶対に車が悪い事に扱われます。
そりゃ、自転車の方が《弱者》です。
その「弱者」が庇護を傘にして目に余る行動を繰返しているにも関わらず、取締り側
の考えは《弱者庇護》一辺倒です。
車道を走らすことにした理由は、歩道で歩行者を跳ねて大怪我をさす事故が相次ぎ、
自転車側に言っても解らないので車道へ戻したのです。
(尤も、啓蒙している場面を見た事が有りませんが)
車道に戻った自転車は相変わらず車道でも危険な運転『こちらが《優先だ》と殊更に
避けない』をしているのです。
最近、対車に対しての取締方がマスコミをはじめとして一方的発想に過ぎてます。
この件でも《歩行者×自転車》の責任を《自動車だけ》に転嫁しているのです。
歩行者もそうです。
同じ歩行者でもどう言う訳か下北沢などは車がジリッジリッ
程度でも歩行者から車にぶつかるように歩いて避けようとしません。
どこか変です。
あー、歩行者は偉いですよ!しかし、怪我をしたり死んでしまうのは自分なんですよ
!?どっかおかしいんじゃありません?
お互いのマナーとして避けなさいよ。
このような現状で溢れた自転車が、特に夜間は殊更危険です。
車のライトが自転車をカーカーに照らしているので自転車側は当然の如く平気のへい
ざ、どこ吹く風。
ところが、車の運転者には相当近付かないと見えない状態だと言う事が理解出来てい
ない自転車側が多い。
そこへ、『おいらが優先』意識で《威張り散らかして》走行してます。
避けない。止まらない。譲らない。
これらの現象は歩いていても自転車に乗っていても車を運転していても
良く目にします。
歩いている時だとそれらの前後が良く観察出来ますから、そのようなとき
尚更強く感じる時があります。
危険なため思わず声や手を差し出す事も有る程です。
なぜこうも周りに気を配らない理不尽な考え方が横行してしまったのでしょう?
これらの発想をリードしているのが、マスコミと取締側にあります。
発想の転換を促したい。
09/08/15

多数決

こんな事考えてみました。
【多数決】
どうもこの多数決というのは、烏合の衆の決め事のようで、高度な判断には向かないようです。
それに変わる意思決定方法はないのでしょうか?
回答迄には至りませんが、こんな方法はどうでしょう?
その事について投票するにはその事柄への一定の理解度を持った人々が投票する。
つまり、これは現在の選挙権にも応用出来そうです。
少なくとも「人気投票」で決まっているような現在の政治家選択方法よりもよりベターではないかと思えます。
何でもかんでもテレビや情報が世の中のムードを引っ張って行ってます。大変危険です。
テレビは「威張り過ぎ」です。
議員・大臣は言うに及ばず、総理大臣でさえも『呼んでやる』呼ばわりです。
テレビ討論などで発言するコメンテーターと称する人々が、テレビ界外部から出演に来る人々を顎で指図している。
そんな侮辱をもじっと堪え、プライドも何もかなぐり捨てた人が出演しています。
勿論『出演することが自分を有名にするから』と言う目的が当人側にも利害としてあるから、テレビ側は、そこを良く知っていて足下を見て、益々上から目線に成ってゆくのです。
何でもかんでも騒ぎ立てすぎるから『人物』が育ちません。
小物だらけになっちゃう。
こう頻繁に、人気だけでリーダーが入れ替わる程『人物』の育つスピードは早くありません。
素人が人気とムードで騒ぎ過ぎ。その情報はテレビ・マスコミが主にもたらしています。
政治は人気投票で決めてはいけません。
そこで、そのような《操作された情報》に振り回される事の無いような人々が投票するシステム、選挙権免許証のようなものを持っている人が投票出来る方が、顔立ちと人の意見やムードで投票してしまう人気投票よりはましな結果が出るのではないでしょうか?
次元の低い事を決めるなら多数決も有効でしょうが、政治への判断などは、素人判断ではなく、プロや有る程度知識を持った人々の判断が必要です。
その「プロフェッショナル」を選ぶ選挙はやはり大勢の一般市民に与えるのは不適切と思われます。
現在の選挙権は一見民主主義の根幹を実践しているように見えますが、それはレベルを下げる事にしか繋がってないような現象です。
こうした事を続けていては自由主義圏は独裁政治などには太刀打ち出来ないでしょう。
尤もこの意見を採用するのには、あるハードルを越えなくては成りません。
『このシステムにしましょう』と決める方法を何で決めるかと云う、パラドックスのようなハードルです。
このぐらいの次元なら多数決でも良いのかもしれませんが・・・

【あのー、反対なんですが】

ニュースで、大阪の岡本太郎の作品「太陽の塔」に、頂上と中央に有る顔の部分をすっぽり覆い、イベントの為に一日間、全く別の作り物をかぶせるということを聞いた。
びっくりした!
例えですが、ピカソの正面向いている部分と横を向いている部分に覆いをかぶせ、一つの大きい目玉を描いて公表しているのと同じ事態が起きているのです。
ピカソの作品にもするのでしょうか?
遺族の方は納得したのでしょうか?
その前に、『ひど〜〜〜い!』
『芸術家』と言われている人の有名な作品を、別なものに作り替えてしまってます。
こんな大事業だから、これを実行した関係者の中には、多少なりとも芸術に関わりの有る人が大勢いたでしょう。
だぁれも異を唱えなかったのですか?
ちょっと、考えられなくて驚愕で、どうしようもなく怒ってしまったのですが、どうなってるのですか?日本人の芸術に対する心は?
それとも、岡本太郎が生前「あとあと、どう使ってもいいよ」とでもいいのこしていたのでしょうか?
なんだか今はものすご〜く悲しく情けなくて、気持ちが虚脱して泣きたいくらいの思いでいるのです

【ついにそこまできたか】

【ついにそこまできたか】
未来の車社会を、みんなが研究している。当然「自動無人運転」に行き着くだろう。
その前段階では、いま運転しているマイカーの「有人自動走行」が具体策として行われて行くだろう。
その、報道される、いま研究している内容を聞くと、運転はますますつまらなくなってゆく方向に発想が向かっている。
初めに考えなければならない事が車間距離の事。
車間を空けろ〜空けろ〜と言うけれど、一体全体、前を走っている車が突然ぴたっと止まってしまうシチュエーションって存在するのだろうか?
前の車が止まるのに100メートルかかるのなら、こちらも100メートルかかるんだから、理論上は1センチでも後ろを走っていれば衝突しない筈である。
勿論、個人の反射神経の相違や車によるブレーキ性能の違いがない仮定の話だし、全くの可能性が無い訳ではないが、そんな可能性より追い越し車線を制定速度で走っている方が危険です。
だから、必要以上に車間距離を空けるのは割り込まれてかえって危ない事の方が重大に思える。
あくまで、正直な現状の話をしています。
だから、警察指導のしかたは間違えている。
今の制限速度のあり方も、速度を設定する人の頭が古いのである。
ひとつのニュースがある。実際に愛知の方で採られたと聞いたニュース。
一般道路の最高速度を実際の速度に合わせて70キロにした所、事故は減り走行も大変スムースになったそうだ。実際に走っている人達の方が実情にそぐわしいのである。
むかし、首都高速が新宿から羽田迄開通した時、たしか時速は70hだったと記憶する。
そして、そのころ、70キロで走行した時「すごい!70キロで走ってるーッ!」と、興奮したものだった。100キロになった時も同じように興奮したが、100キロに慣れると70キロは歩いているようだった。
時速300も出る高性能車を作りながら、速度制限を安全過ぎに設ける段階に設定した時点で、すでに楽しさは激減する。
運転者はむやみやたらと速度を増すのではなくて、自分が安全と思える中での最高速度で走行するものなのだ。
300にしろとは言わない。だけどいま、思い切って100キロ制限を超えても(普通に上手なら150は)大丈夫なのである。
現状の道路の状態と車の性能の格段の向上は100キロ制限は間違いなのである。
『車の運転』とは、安全の基本をしっかり押さえた上で車を操縦すれば、とても楽しく、わくわくする喜びのある文明の機器です。
最近運転している人の中にはそうした心を感じさせない走行をしている割合が増大している。
ただ走らせているだけなのだ。
それだから、危険なのだ。
〈幼稚な運転者も居るから基準値を下の方に設定しないとならない〉と関係者がよくのたまうが、その免許を与えているのが間違いなのではないのか?
我々も、警察が指導している事柄は、普段あまり細かく気に留めずに鵜呑みにして受け取っているから、「安全」の二文字があれば安全なのだと思い込んでいる節が見受けられる。
それゆえ、自動運転に発想の舵が切られると、『安全の上にも安全を』がお題目となり、そのまた更に『安全を』と考えなくてはならなくなる。
これは、メーカー責任を逃れる為と、警察の責任を逃れるためととられてもしかたが無い。
その発想から生まれる『自動』とは、すなはち、車間距離は50キロ走行なら50メートル以上、100キロなら150メートル以上の車間を空けて走行する事になってしまう。カラスが置いた道ばたのクルミなんか検知して避けなくて結構。
そこまでして自分で運転さすこと無いじゃぁありませんか!
そんなバカな事を考えているのなら、思い切って現在の高速道路の分離帯部分からでもいいから、そこに鉄道を走らせて、車を載せて走ってしまえばいっぺんに解決してしまうのでは無いだろうか?
何か、考える方向が間違えているような気がするのは私だけなのだろうか?

【ストレンジャー オブ ライト】

【ストレンジャー オブ ライト】
首都高湾岸線を八景島方面へ走りましたか?大黒埠頭からベイブリッジを通り、本牧を抜けて行きますが、夜など、それはそれは、もう、夜空に浮かぶ明かりの協奏曲。
通る度に「きれ〜い☆キラキラ☆」。
昼間は昼間で、まるで空を飛んでいるさま。レインボーを更に上回り、思わず声に出てしまいます。
「きた〜!未来だ〜!」。バキ\(++)織田裕二か!ならずとも、はしゃぎ、感動する。
普通「感動」と言っても大抵は回を重ねればその度合いも薄れようというものなのに、ここはリフレッシュ。マィノリティー・リポートさながらの未来体験は、色あせる事がなかなかどおして、長い賞味期限です。みなさんも是非そういう思いで一度、いや、幾度も通って見てください。       〇八・十一  F・滝口